【全体公開・短編】クリスマスの夜に抱かれて①

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 クリスマスのお話ですが、全然間に合わずに年を越してしまいました。

 もしよろしければ、お楽しみ頂けると幸いです。

目次

 登場人物:

 小日向 美緒(こひなた みお):高等部1年生。クリスマスの夜、SNSで知り合った男と初めて会うために待ち合わせ中。少し遠方から来たらしい。

 三上 和也(みかみかずや):主人公。真面目で誠実なサラリーマン。年齢は29歳。

——

 クリスマスイブの夜。

 突然の寒波、そして大雪。にもかかわらず街は暴力的なまでに幸福な輝きに満ちていた。

 ここはショッピングモールの吹き抜け。1階には巨大なツリーが鎮座し、3階まで広がるシャンパンゴールドのイルミネーションが、行き交う恋人たちを祝福するように降り注いでいる。

「はあ」

 そんな光の洪水の中心にある時計塔の下で、俺――三上和也(みかみかずや)は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 スマホが示す時刻は、午後6時半を回っている。

 本当なら今頃、ここで俺は恋人と待ち合わせをしているはずだった。

 付き合って三年、いずれプロポーズも考えていた、大切な恋人。

 フレンチで食事をして、そのままこの近くのシティホテルで一泊。のんびりと夜を過ごすという、そんなプランだった。

 しかし、それは裏切りによって唐突に破綻する。ほんの一週間ほど前、浮気の現場を目撃したのだ。

 ここに来たら幸せだった時に戻れるんじゃないか。そんなはずはないのに、そんな妄想につられてやってきてしまった。

 俺に声をかける者もおらず、ようやく現実を実感する。

——フレンチもホテルも全部キャンセルして帰ろう。そう思って、ポケットに手を突っ込んだ時だった。

「……あ、あのっ」

 鈴を転がしたような、可愛らしい声が耳を震わせた。

 誰かが俺を呼んでいる。振り返ると、そこには俺よりかなり年下に見える女の子が立っていた。

 ダッフルコートに、黒いセーター、赤いリボン。

 身長は百五十センチあるかないか。サラサラの長い黒髪に、大きな瞳。 整った顔立ちは可愛らしい。

 しかし、どう見ても学生——高校生やそこらだ。

 けれど何より俺の目を引いたのは、彼女が引きずっているものだった。

 ショッキングピンクのキャリーケース。 家出少女か? それとも旅行か?

「……俺?」

「は、はい! すみません、変なこと聞くんですけど……あ、私、美緒って言います」

 美緒と名乗った少女は上目遣いで、おずおずと時計塔を指差した。

「あなたも待ち合わせですか? 時間はあります?」

「ン……いや……違うかな。時間はあるよ」

「そうなんですね……あの、あの大きな時計、壊れていませんか?」

 俺は見上げた。上部にある時計の針は正確に午後6時35分を指し、カチリと分針を進めたところだ。

「いや、動いてるけど」

「そんなはずないです! だって……待ち合わせの時間は……!」

 美緒ちゃんは必死な形相で訴えてきた。その目は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。

「ずっと待っているのに……来ないんです。もう4時間も前に待ち合わせの時間だったのに。だから、きっと時計が間違ってるんだと思って……」

 ああ、なるほど。

 美緒ちゃんは「時計が壊れている」と思いたかったのだ。

 待ち合わせの相手が来ないという残酷な事実を認めたくなくて、時間の経過そのものを疑おうとした。

 その痛々しいほどの健気さが、今の俺には切なく見えた。

「……残念だけど、時計は正確だよ。スマホの時計とも合ってる」

 俺がそう告げスマホの画面を見せると、美緒ちゃんはガクリと項垂れた。

 まるで世界の終わりみたいな顔をする。

「そんな……うそ……」

「連絡は? スマホくらい持ってるでしょ」

「それが、何度も確認してたら充電が切れちゃって……」

 美緒ちゃんは真っ暗な画面のスマホを握りしめていた。

 放っておけばいい。俺には関係ない。

 そう思ったはずなのに、俺の手は勝手にモバイルバッテリーを取り出していた。

「……これ、使いなよ」

「えっ、でも」

「いいから。女の子が一人、待ち合わせ相手と連絡が取れないのはつらいよな」

 美緒ちゃんは何度もお辞儀をして、震える手でケーブルを繋いだ。

 やがて画面が点灯し、起動画面が表示される。彼女は祈るように画面を見つめ――次の瞬間、小さく息を呑んだ。

「……あ」

 メッセージが届いたらしい。

 しかし。美緒ちゃんの表情が、安堵から一瞬で絶望へと変わっていくのが見て取れた。

「なんて?」

 尋ねると、美緒ちゃんはこれまでのやりとりとメッセージを見せてくれた。ふむふむと俺はやり取りの最初から読ませてもらう。さほど量はなかった。

 どうやら相手は男。SNSで出会いクリスマスの今日、初めて二人きりで会う様子だ。

 写真のやり取りもしていて、どうやら相手も社会人っぽい。だけど——。

「……『急な家族のトラブルで、どうしても行けなくなった。今日は連絡もできない』って……」

 家族のトラブル。クリスマスイブの夜。連絡を絶つ。それに、美緒ちゃんは気付いていないが、写真に映る独身にしては不自然な家の中の様子。

 答え合わせは完了だ。

——黒だな。

 相手の男は、十中八九既婚者だ。「家族サービス」を抜け出せなくなったか、妻にバレそうになったか。

 ネットで知り合った純朴そうな子を誘い出してみたものの、『家族の事情』とやらでドタキャンした。そんなところだろう。

 しかし、美緒ちゃんは本気で相手を心配していた。

「……ご両親が倒れたりしたのかな。心配です……」

 自分が遊ばれていたことも気づかず、眉を下げている。その無垢さが見ていて辛い。

「ねえ、君。その荷物は?」

 俺は話題を変えるために、ピンクのキャリーケースを指差した。

「あ、これですか? お泊まりセットです!」

 美緒ちゃんの声が少しだけ弾んだ。

「今日会う方と、『ホテルで朝まで一緒に過ごそう』って約束してたんです。だから私、張り切って準備してきて……」

「あのさぁ、朝までホテルって——」

「はい! お勧めの恋愛映画のブルーレイと、お菓子。あと、新しく買ったルームウェアも入ってるんです。彼、『いいね、朝まで恋バナして盛り上がろう、ホテルで』って言ってくれてたのに……」

 美緒ちゃんは愛おしそうにキャリーケースを撫でた。

 俺は頭を抱えたくなる。この子は「男とホテルで一晩過ごす」ことを、修学旅行の延長か何かだと思っている。

 セックスの匂いなど微塵も感じていない。あまりにも無防備で、あまりにも世間知らずだ。人を見る目がない。

 ヤリ目の既婚者男にとっては、格好の獲物だっただろう。

「……映画、見たかったな」

 ぽつりとこぼれた言葉が、ざわめくショッピングモールに消えていく。

「あの、彼、『今日は連絡できない』って書いてますけど……これって、もう来ないってことですよね?」

「……そうだね。残念だけど、諦めたほうがいい」

 俺は残酷な事実を告げた。

 美緒ちゃんの大きな瞳から、涙がこぼれ落ちた。

「どうしよう……」

「帰れないの?」

「……家、ここから電車で二時間かかるんです。雪で電車止まってるって通知が……」

 そうだ。この寒波でダイヤは乱れている。

 美緒ちゃんは物理的に帰宅手段を絶たれていた。

「親に連絡して迎えに来てもらうとか」

「む、無理ですっ!」

 美緒ちゃんはブンブンと首を横に振った。

「うちの父、すっごく厳しくて……ネットの人と会うなんて言ったら、殺されちゃいます。今日は『友達とクリスマスパーティーをする』って嘘をついて出てきたから……今更『男の人にすっぽかされて帰れない』なんて言えません……」

 八方塞がりだ。

 見知らぬ街で、所持金も少なそうな高校生の少女が一人。

 今夜の宿もなく、帰る手段もなく、知人もいなければ親にも頼れない。嘘も付き慣れていないらしく、ほぼバレるという感じだろう。

「どうしよう」

 このまま放置すれば、美緒ちゃんはどうなる?

 駅のベンチで朝まで震えるか、あるいは――悪い大人に「泊めてあげるよ」と声をかけられるか。

……チッ。

 俺は心の中で毒づいた。自分だって傷心で、他人の面倒を見ている余裕なんてないのに。

 それでも、涙をこらえて震えている美緒ちゃんを見捨てることなんて俺にはできなかった。だからこその舌打ちだ。

 その時。

 ぐぅぅぅぅぅぅ……。

 間の抜けた音が、二人の間に響き渡った。

 美緒ちゃんの顔が、一瞬で林檎のように真っ赤に染まる。

「あ、う……ち、違っ、これは……!」

「お腹、空いてるんだ」

「……お昼から、緊張して何も食べてなくて……」

 美緒ちゃんは消え入りそうな声で白状し、お腹を押さえてうずくまった。

 あまりのあどけなさに俺は吹き出しそうになった。そして同時に決心がつく。

「俺も暇なんだ。本当はレストランを予約してあるんだよ。でも相手がムリになってしかもキャンセルしていなくてさ」

 事実だ。俺は時計台のさらに向こうに見える、フレンチレストランを指差した。

「一人で料理を食べるのも惨めだし、キャンセルして帰るのも勿体ない。一緒に食べてくれたら、俺も救われるんだけど」

「えっ、でも、そんな……悪いですよ! 会ったばかりの方に……」

 ごもっとも。美緒ちゃんに多少の警戒心も見て取れる。

 でも、その視線はチラチラとレストランの方を向いている。空腹には勝てないようだ。

「美緒ちゃん。とりあえず、ご飯だけでもどう? 暖も取れるし、その後にどうするか考えればいい。人目もあるし」

「……あの、お話も、聞いてもらえますか?」

「話?」

「はい。その……今日するはずだった、恋バナ。私、男の人の意見が聞きたくて……」

 彼女の要求は、あまりにも可愛らしい。

 セックスでも、金でもない。「恋バナ」がしたい。

 その純粋な未練に、俺の胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

「もちろん。俺でよければ、朝までだって付き合うよ」

 俺の言葉に、彼女はホッとしたように肩の力を抜いた。

「……よかった。お腹、ぺこぺこなんです」

 美緒ちゃんは少しだけはにかんで、目尻に残った涙を指先で拭った。

 その笑顔は、雪の中で発光しているかのように儚く、そして可愛らしく見えた。

 オイオイ、こんな年下にときめくなよと思うが、整った顔立ちを見るとしょうがないとも感じる。

「じゃあ行こうか。エスコートするよ、お嬢様」

「もうっ、からかわないでくださいよう」

 いいつつも、美緒ちゃんの顔は笑っていた。人懐っこいところもあるようだ。

 俺は彼女の重たいキャリーケースを受け取り、歩き出す。

 外では雪がまだ降り続いている。

 けれど、隣を歩く彼女の気配のおかげか、先ほどまでの凍えるような寒さが少し和らいだ気がした。

————

「んんっ……! おいしぃ……!」

 ミオちゃんが頬を緩ませて、感嘆の声を漏らした。

 運ばれてきたのは、オマール海老のポワレ。彼女は一口食べるたびに、まるで魔法にかかったかのように瞳を輝かせている。

「よかった。そんなに喜んでもらえれば、海老も成仏するよ」

「ふふっ、こんな美味しいもの初めて食べました! あの、これ、本当に私が食べてよかったんですか?」

「いいんだよ。空席にしておくより、料理人も嬉しいはずだ」

 俺はグラスワインを傾けながら、彼女の様子を眺めていた。

 店内は暖かく、穏やかなクラシックが流れている。

 美味しい料理と温かい空間。これらは、強張っていた美緒ちゃんの警戒心を解くのに十分すぎる効果を発揮していた。

「まずは話があるんだけど」

 俺は美緒ちゃんが待ち合わせた男の正体を告げた。既婚者、そしてヤリ目。

「——そうなんですね」

 大方これまでのことで察していたようだけど、改めて説明する。

「やっぱ悲しい?」

「はい……すぐに気持ちが切り換えられないですけど。でも、大丈夫です」

 心配するものの、立ち直りは早いみたいだ。

 まあ、会ったことも無いし仮想上に近い関係だったしな。

 その後は食事の間、俺たちは約束通り「恋バナ」をした。といっても、俺の失恋話を聞いて美緒ちゃんが憤慨するくらいだったが。

「……あなたは、すごいですね」

「何が?」

「こんな素敵なお店を知ってて、さらっとご馳走してくれて。……元カノさん、どうして浮気なんてしたんだろう。私なら絶対離さないのに」

 無邪気に俺がドキリとするようなことを平気で言う。

「買いかぶりすぎだよ。俺はただの、振られたサラリーマンだ」

「そんなことないです。だって、どこの誰かもわからない私を、こうして助けてくれたじゃないですか。……私、あなたが悪い人じゃないって、もうわかります」

「変な男に騙されそうになったのに?」

「あれは、会ったことがなかったからです。会ったらきっと分かります」

「本当?」

 節々に感じる聡いところを見ると、案外当たっているかもしれない。

 世間知らずだが、年齢以上に感受性は高そうだ。

「はい。見る目はあるんです。会えれば」

 美緒ちゃんは真っ直ぐな瞳で俺を見た。その信頼が、少しだけこそばゆい。

「だといいんだけどね」

「そうですよ」

 そこからは、美緒ちゃんの、友達から仕入れた(偏った)恋愛知識を披露してくれる。

「——だからですね、『男の人は胃袋を掴め』って書いてあったので、私、お料理教室に通おうと思ってて……」

「うん、それは正しい努力だね」

 美緒ちゃんの話はどこまでも微笑ましかった。同時に、けなげで頑張り屋さんで。内面も俺好みの女の子であるらしい。

 守ってやらないとな。そう思わせるのに十分だ。

 気づけば、俺も自然に笑っていた。久しぶりに、心からの笑顔を浮かべている気がした。

 すかさず美緒ちゃんにツッコまれる。

「あ、笑ってる」

「ごめん楽しくってさ。ありがとう、元気になれたよ。いい子だね、美緒ちゃんは」

「も、もう……子供扱いしないで」

 ぷうっと膨れつつも満更でない様子を見せる美緒ちゃん。俺との会話を楽しんでくれたようだ。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、デザートの皿が下げられる頃には、時刻は午後九時を回っていた。

 もうすぐ閉店の様子だ。

「……さて、行こうか」

「あ、はい。ごちそうさまでした!」

「会計は終わってるから」

「わぁ、大人です……本当に、ありがとうございます」

 外に出ると世界は一変していた。吹雪だ。視界が真っ白になるほどの雪が、横殴りに吹き付けている。

「うわっ、寒っ……!」

「きゃあ!」

「大丈夫?」

「は、はい……ありがとうございます。でも、すごい雪……」

 俺はスマホを取り出し、運行状況を確認した。画面に並ぶ『運転見合わせ』の赤い文字。

「……だめだ。電車、全線止まってる」

「えっ」

 美緒ちゃんが青ざめる。食事をしているウチに天候が回復するという目論見は外れたのだ。

「タクシーも拾える状況じゃないな。そもそも、この雪じゃ……電車で二時間の距離を走ってくれるタクシーがいるかどうかも怪しい」

「ど、どうしよう……これから……」

 今さらの話だ。俺たちが会った時点で既に無理だった。

 美緒ちゃんは半泣きで、キャリーケースのハンドルを握りしめた。今日はどのホテルも満室だろう。

「あの、三上さんはどうするんですか?」

「俺はこの近くのホテルを予約してあるんだ。元々、さっきのレストランで食事をとった後、アイツと泊まる予定だったから」

「ホテル……?」

「ああ。レストランと同じでキャンセルしていない」

 そこまで言うと、全てを察したらしい。

「じゃあ、一人で……ですよね。よかったら、私も泊めてもらえませんか?」

 確かに、今の俺たちには最善の策に思えた。俺だってこの雪の中、家に帰るのは一苦労するだろう。

 でも、と思う。それって——。

「怖くない? あの男と同じことを俺がすることだってあるぞ?」

「そんな……怖いはずが無いです。それに全然違います! 私を助けるためになんですから。私からのお願いですし」

 とはいえ、俺にしてみれば美緒ちゃんと一緒に泊まることはリスクがあった。青少年条例がうんたらとか。

 でも、それを考えたのは一瞬だ。俺に何があろうと、美緒ちゃんを守ろうと決めた。

「そっか。じゃあ、一緒に行こうか」

 そう言って手を伸ばすと、当たり前のように繋いでくる。

「はい!」

「あ。まだ見てないんだろ? 映画。ホテルの部屋には、でかいテレビがある。ブルーレイプレイヤーもあるはずだ。せっかく持ってきたんだ。見ようよ、映画」

 そういうと、美緒ちゃんの瞳が輝いた。同時に涙も浮かんでいるような気がする。

「ほんとですか……! 嬉しい。じゃあ、連れて行ってください!」

「では行きますよ、お姫様」

「そうですね、王子様」

「!?」

 今度はツッコミもなくノッて来た。返しの仕方に、やはり聡い子だなと感心したのだった。

————

 エレベーターがシティホテルの最上階に到着し、重厚な絨毯が敷かれた廊下を歩く。

 さきほど、俺の連れである美緒ちゃんに受付の視線が刺さっていた。でも堂々としていれば問題ない。

 俺がカードキーをかざしてドアを開けると、美緒ちゃんは恐る恐る、けれど好奇心に満ちた瞳で部屋の中を覗き込んだ。

「……うわぁ……!」

 感嘆の声が、静かな室内に響く。

 照明に照らされた部屋。窓の外には、猛吹雪で白く煙る街の夜景が広がっている。

 それと、大人二人が寝転がってもまだ余りあるサイズのベッドが鎮座していた。

「すごい……お城みたいです。私、こんな広いお部屋初めて」

「俺もだよ」

 俺がコートを脱ぐと、ミオちゃんも「お邪魔します」とぺこりと頭を下げてパンプスを脱いだ。暖房の効いた室内は快適そのもので、さっきまで凍えていたのが嘘のようだ。

「さて、と。……約束通り、パジャマパーティーの準備をしようか」

「はい!」

 美緒ちゃんは持って来たというルームウェアに着替えた。赤いパジャマのようだ。サンタでも意識しているんだろうか。可愛いな。

 俺はというと、服を脱ぎホテルに備え付けのガウンを羽織る。

「ふふっ……着替えて下さったんですね」

「パジャマパーティだからね」

「そうですね。ありがとうございます!」

 二人でベッドに座り、お菓子を広げる。

 美緒ちゃんの想像していたとおりの状況になった。こんな経験もなかなか無いな。

「じゃあ、映画を始めるよ?」

「はい、お願いします……楽しみ」

 渋いチョイスの映画を二人で見始める。往年の名作、ラブロマンスものだ。

 美緒ちゃんは食い入るように映画の世界に没頭していた。

「ああ、こんな風に現実を忘れて男の人と素敵な時間を過ごしたら……好きになっちゃいますね」

 ふと、隣にいる美緒ちゃんの体温が伝わってくる。微かに香る、甘い匂い。

 ふかふかのベッドの上、すぐ隣に、無防備なパジャマ姿の美緒ちゃんがいる。それだけで温かい。心が癒やされる。

「……あのね……」

 映画がクライマックスが終わり、エンディングに差し掛かった頃、美緒ちゃんがぽつりと呟く。

「ん?」

「私、今日ここに来てよかったです」

 美緒ちゃんは膝を抱えて、画面を見つめたまま言った。

「あの人にすっぽかされた時は、死んじゃいたいくらい悲しかったけど……今は、全然悲しくないんです。むしろ、あの人が来なくてよかったって思ってるくらい」

 美緒ちゃんは微笑みながらゆっくりとこちらを向いた。

 薄暗い部屋の中で、瞳が濡れたように光っている。

「あなたは?」

「俺もめっちゃ楽しいよ。パジャマパーティなんて、普段では経験できないことだし。つらいことがどうでもよく思えてきた」

「よかった……私も、一緒にお食事して、こうして映画を見て、お菓子を食べてる時間が……ずうっと楽しくて。素敵な時間を過ごせました」

「そっか。よかった」

「はい。最悪なクリスマスになるところを、こうやって……思い描いていたとおりに、最高な時間にしてもらって。あなたに会えて……感謝、感謝です」

 美緒ちゃんはしみじみと、噛みしめるように続ける。

 映画に当てられているようにも見えるが、多分俺もそうだ。

 気がつけばエンドロールも終わっていた。

「映画、もう終わりだね」

「はい。パジャマパーティも終わりです」

 あとは眠るだけだ。吹雪だった雪も、いつの間にか落ち着いてきている。

 明日には電車が動くと良いのだが。

 あとは風呂に入って寝るだけ。なので、まずは俺が先に風呂に入り、次に美緒ちゃんが入ることになった。

 さすがに一緒にはいる、なんてことは無かった。美緒ちゃんがお背中流しますとか言って乱入してくることもない。

 俺は待たせても悪いと思い、さっと体と頭を洗い風呂を上がる。

「ゆっくり暖まってね」

「はい……あ、お風呂も広いですね」

 美緒ちゃんとそんな会話を交わし、俺は一人ベッドに横になる。スマホも電源を切ることにした。

 部屋を明るくしたままで待つ。しばらくの間、美緒ちゃんが入浴している音が響いていた。

 この後は、別々に寝て朝を迎える、そう考えたのだけど。

 柔らかな布団や眠り心地が良い枕、暖房によってぽかぽかになった部屋の影響なのか意識が次第に遠のいていく——。

—————

 ん?

 何かが違う。

 ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。温かい。柔らかい。

「……おはようございます」

 耳元で、鈴を転がしたような可愛い声がした。

「……え?」

 重いまぶたを開ける。

 そこには、笑顔を浮かべた美緒ちゃんが、俺のすぐ隣で横になっていた。

 バスタオルを素肌に巻いただけの美緒ちゃんと体が触れ合っている。肌の温もりが直に伝わってくる。

「美緒ちゃん? なんで同じベッドに?」

「……え? いけませんでしたか?」

(続く)

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